1.症状

 腰痛とは、腰から背中やお尻のあたりまでの痛みやだるさ、張りを感じる症状の総称です。これらの症状を訴える方は非常に多く、日本の推定患者数は2000~3000万人とされ、「国民病」とも言われています。
 中高年に多く発症しますが、若年者でも腰痛を訴える人が近年、増えてきています。前かがみの姿勢や重たい荷物を持つ等、腰に大きな負担がかかるとき、寝返りや椅子から立ち上がる等の姿勢を変えるとき、長時間のデスクワークや立ち仕事といった同じ姿勢が長く続くとき等、症状が現れる状況は様々です。また、横になって安静にしていても症状を感じる場合もあります。
 発症してからの期間(3ヶ月程度を目処に急性・慢性の区別をします)、鋭い痛みか鈍い痛みなのか、症状が進行性か非進行性なのかで治療方針が大きく異なります。
 また腰痛は単独の原因で起こることは稀で、通常、複数の要因が引き金となって発症することがほとんどで、1つの要因を取り除けば痛みは消えるというような単純な病態ではありません。普段の腰痛と痛みの強さや種類、痛む時間帯・場所等が異なる場合は、いつもとは違う原因がみつかる可能性がありますので、一度病院を受診することをおすすめします。

2.原因・機序

(1)西洋医学的原因・機序

 腰痛は特異性腰痛、非特異性腰痛に分けられます。
 特異性腰痛とは、腰椎椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症等の整形外科疾患や、尿路結石、胆石、子宮癌等の内臓疾患といった腰痛の原因が明らかなものをいいます。
 特異性腰痛とは、骨や軟骨、内臓に明確な異常が無いにも関わらず腰痛があり、痛みの原因が特定できないものをいい、全腰痛患者の大半を占めています。精神的ストレス、暴飲暴食、不良姿勢、肥満、腰部のオーバーユース、天候状況など原因は多岐にわたり、原因が特定できないため、西洋医学では特定の治療法が確立されていないのが現状です。整形外科や内科で行っている対症的な治療(痛み止め、湿布薬、温熱療法など)では腰痛を抱える多くの方が満足のいく結果がでにくいとされています。
 急性腰痛の代表である、ぎっくり腰についても原因は明確であるように思われますが、非特異性腰痛の1つです。不良姿勢が続くことで、筋肉の緊張度が高まり、本来、持っている柔軟性が下がり、腰の可動域が徐々に制限されていきます。制限された可動域を超える動きや姿勢を何度も繰り返すことで柔軟性を失った筋肉に小さな傷がつき、その傷が一定量をこえ、炎症が起きると急激な痛みを起こします。これがぎっくり腰の正体とされています。炎症は通常、1週間~1ヵ月程度経てば改善します。ドイツ語でぎっくり腰のことを「魔女の一突き」というように、一瞬にして起きた腰痛のように思われがちですが、そのような状態になるには、それまでの積み重ねが関係しています。
 また、慢性腰痛のほとんどが非特異性腰痛とされています。筋肉にひどい傷が付く程ではないものの、不良姿勢などによる筋緊張の一時的な高まり、また入浴や休息による若干の軽減を繰り返しながら長期にわたり症状が現れている状態が慢性腰痛とされています。一般的には急激で激しい痛みより、鈍く重い痛みがみられます。

(2)東洋医学的原因・機序

 東洋医学の考えでは、腰は「腎の府」といわれ、腰痛には腎が関係しています。腎には、生まれ持ったエネルギーを蓄える機能があります。腎のエネルギーは、生まれつきの腎気不足、また加齢や過度の性行為、強い恐怖感等で消耗され、腎の働きが弱くなると腰痛を起こします。この場合の痛みの特徴は、腰の重だるさに加えて膝に力が入らない感じがし、動くと痛みが増し、休むと痛みが減ります。
 身体が寒邪や湿邪等の影響を受け、気や血の流れが滞ることでも腰痛になります。重だるい痛みと腰の冷え・足のむくみ・手やお腹の冷えなどを伴い、雨の日や寒い日に症状が悪化しやすくなります。ひどくなると腰からお尻・太ももにまで痛みが広がります。
 また、腰部の捻挫や打撲等の外傷も、気血の流れを悪くし腰痛を起こします。特に同じ場所が刺すように痛む、夜間に痛みが強くなる、押されると痛いなどの場合は、血行の悪さからくる腰痛と考えられます。
 それ以外に、辛いものをたくさん食べたり、量を食べすぎたりすると身体の中に余分な熱と水分がこもり痛みを誘発します。また泌尿器系等の下腹部にある臓器の感染症も腰痛の原因となります。

3.鍼灸治療

(1)現代医学的鍼灸治療

 急性腰痛や炎症性腰痛の多くは筋肉の傷や炎症の早期修復を目的として鍼灸治療を行います。ぎっくり腰などの場合、痛みの経過を見ながら、刺激量や治療方針を適宜、変更していきます。眠れない程の痛みや安静にしても痛みが強くある時は、刺激量を相対的に抑えながら、鍼治療前後に腰部のアイシングを行います。また炎症の早期軽減を目的として鍼通電療法を患部に直接、短時間行うことがあります。鍼通電療法は周波数によって期待される効果に大きな違いがあります。1~2Hzでは血流促進を行い筋緊張緩和、90~100Hzでは逆に血流を抑えることで抗炎症作用を引き出します。
 急性期の鍼灸治療の基本は炎症の軽減です。そして炎症のピークが過ぎた頃から積極的に筋緊張を取り除くことで血液循環をよくし傷の修復を促す治療を行います。
 慢性腰痛では、緊張部位に直接刺鍼し、筋肉のコリを取り除くことで痛みのコントロールを行います。腰部だけでなく、殿部や股関節周囲の筋緊張、また精神的なストレスが強い場合は首や肩コリ等、全身の筋緊張を緩めていくことも必要となります。正しい姿勢や骨盤周りの筋力のアンバランスに対する運動療法の指導も併せて行います。病名がつくほどではない内臓の症状からも腹部や背部の筋緊張を起こすことがあるため、内臓に対するアプローチも併せて行います。
 慢性腰痛の場合、何種類かの原因が複合的に重なり痛みを起こしていることが多くあります。そのため、特定の原因を突き詰めるのではなく、体質や生活スタイル、性格等から、総合的にその方の状態をとらえ治療を進めていきます。原因を完全除去するのではなく、痛みが再発しない筋肉にすることが治療方針となります。

(2)東洋医学的鍼灸治療

 まずは腎の気(エネルギー)を整える治療を行います。「腎兪(じんゆ)」「委中(いちゅう)」などのツボに加えて、痛むところに鍼をします。
 さらに原因によって以下のような治療を行います。腎のエネルギーが不足している場合は、「膈兪(かくゆ)」「命門(めいもん)」などのツボを使い、エネルギーを補充します。寒邪や湿邪が原因の場合は、「大腸兪(だいちょうゆ)」「崑崙(こんろん)」などのツボにお灸をし、水分代謝を促し、寒さを取り除く治療を行います。血行の悪さから起こっている腰痛では、「養老(ようろう)」「陽(よう)陵(りょう)泉(せん)」などのツボを使います。また身体に熱がこもっている場合は、「陰(いん)陵(りょう)泉(せん)」「豊(ほう)隆(りゅう)」などのツボを使います。ただし、急性で、安静にしていても疼くような痛みがある場合や泌尿器・生殖器の症状を伴う場合は感染症の疑いがあるため、まずは専門の医療機関を受診してください。
 症状をよりよくコントロールするために、睡眠や運動、食事等の指導や、また質のよい睡眠、適度な運動や食事を行いやすくする治療も併せて行います。